2.濱崎一子氏著「青木家物語」
濱崎一子氏著になる「青木家物語」は大島・伊崎の青木家に生まれた一子氏が久賀高等女学校時代から温めていた自家のルーツの解明を長年に亘り、門外不出の系図や古文書等を参考に他の史料を蒐集しながら書き溜めていったルーツ集である。ただ歴史の専門家ではないので所々に齟齬があるのは已む得ない。
青木家系図は虫食い等により何度も書き直されているようであり、最終版は明治初期の手になるものである。 「外入村 百姓 (青木)斉太郎」で終わっているので、この人が最後の系図謄写したものでしょう。 系図というものは代々書き足され、分家から要請があれば分家分を謄写して渡し、それが分家の系図として引き継がれていきます。戦乱や火事、濠水等で失われた家は分かる範囲からまた書き続けていきますので正誤に齟齬が発生します。 系図が一次史料と認められないのはこれらの作業が繰り返されるからです。とは言え、一次史料は殆ど断片的にしか残りませんので参考資料としての系図の重要性は残ります。 偽系図も多いので、こちらは数少ない一次史料との検討で正誤度を確かめる必要があります。
さて、伊崎「青木系図」は
『本国美濃城主
青木氏元祖申者
多治比王二十代の後胤
青木武蔵守直兼
五代の孫
大河内修理亮 青木和泉守元行
から始まります。
以後、
青木肥後守 元氏
↓
青木善左衛門尉 元久
↓
青木五郎衛門 元頼
↓
青木善四郎 元舎
↓
青木平蔵 元貫
↓
青木源蔵 元祥
↓
青木善左衛門 元直
↓
青木源兵衛 元継
↓
青木源蔵 元兼
↓
青木斎太郎 元猶
↓
青木仙太郎 元治
↓
青木タケ
↓
青木元定
↓
青木哲郎(当代)
↓
青木啓一郎
と戦国末期の毛利家に従った人から以降現代までの人たちが網羅されています。「通字」を「元」としているのは毛利輝元公の偏諱が襲名されているものと思われます。この家は江戸初期の青木家の三男家ですが、なぜか安下庄の青木本家を継ぐとしてあります。関ケ原の戦いに敗れた毛利家が十ケ國から防長二国に押し込められたことにより家来どものレイオフをせざるを得なくなり、所謂「毛利の殿様のメクラ斬り」により青木家も武士を捨て帰農させられました。
長男家は医師を家業とする家です。次男家は緒方家に養子に行きましたがこちらも帰農させられています。三男家が「青木系図」を保持する伊崎の帰農百姓青木家となります。