okikamuro island fan club, 沖家室島ファンクラブ|Kamuro party かむろ会

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沖家室島70(東京かむろ会70回記念誌)2024.4発行

                東京かむろ会70回記念誌

2024年に発行した「沖家室島70」(東京かむろ会70回記念誌)をインターネット版として掲載する事になりました。 インターネット版には海外の沖家室島子孫にも読んでいただける様に英語翻訳ページも同時掲載します。毎月一話位のスピードで掲載予定です。
(2026年3月09日)


目次

はじめに八木正共(東京かむろ会 会長)本文へ
家室に生きる石丸 弘(関西かむろ会)本文へ
沖家室の思い出大谷和正(東京かむろ会 幹事長)準備中
友澤家のこと(東京かむろ会70回記念)勝山真人(関西かむろ会)準備中
沖家室の思い出木村栄次(東京かむろ会)準備中
本籍地は沖家室島西村一孝(東京かむろ会 副会長)準備中
第70回東京かむろ会に参加して西村重義(宇部かむろ会)準備中
沖家室-ハワイ-カナダ八木正共(東京かむろ会)準備中
人々をつなぐ沖家室安井眞奈美(国際日本文化研究センター教授)準備中
沖家室を紡ぐ山田晃子(東京かむろ会 副会長)準備中
父、山田重利について山田松重(東京かむろ会 幹事)準備中

はじめに

八木正共(東京かむろ会 会長)


 東京かむろ会は昭和19年(1944)に山田重利氏と金井幸助氏達により始まりました。戦争中なので翌年から会を中止して戦後の昭和27年(1952)から再開しています。沖家室島出身の人々が多く島外の関西、東京に仕事を求めて移り住んでいます。


 幕末、明治、大正、昭和初期と漁業で栄えた沖家室島はその漁業産業拠点を海外に求め、中国、朝鮮、台湾、ハワイへ展開させました。おそらくこの事が多くのハワイ、カナダ、アメリカ本土の海外移住者を送り出した背景にあると思います。


 戦後、中国、朝鮮、台湾の漁業拠点を失い多くの人々が帰還しました。小さな沖家室島は仕事の無い人々が溢れ、島外に仕事を求めて行きました。この様子がかむろ会のホームページのエッセイの部で山田重利さん、金井包徳さん達が投稿されています。戦後。大半の漁場を失った沖家室島はそれでも一本釣り漁で有名な漁師達により瀬戸内海で漁業を継続しましたが、近年、大型漁船の網による乱獲などにより魚自体が少なくなり仕事として漁師になる人はほとんどいなくなっています。沖家室島に多くあった漁船の造船所も一カ所になりました。年々、人口が減少している沖家室島は今年、100人を切ったそうです。「かむろ千軒」人口3000人の時代から思うと寂しい限りです。


 しかし、東京、関西などで定年退職した人達が島に戻り生活しています。島で民宿を開始し、運営する若い夫婦もいます。ひじき漁師を目指す若い夫婦もいます。ハワイ、カナダ、アメリカ本土などから多くの海外移住者の2世3世の子孫達が先祖の情報を求めて沖家室島泊清寺を訪ね先祖の墓参りをしています。別荘を建ててゆっくりした生活を楽しんでいる人達もいます。そして、何より、我々のように沖家室島を大切に思う島外の人々が多くいます。少しでも多くの人が沖家室島に移住してもらえる様、沖家室島応援団として沖家室島のこれからの繁栄をすること目標に活動して行きたいと思います。


 2023年度の東京かむろ会開催で丁度70回の節目の開催となります。かむろ会創設年からは実に76年になります。70回記念誌も「沖家室島」を思って物語を描くことにより、沖家室島の応援歌にしたいと思います。


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