okikamuro island fan club, 沖家室島ファンクラブ|Kamuro party かむろ会

石丸 弘

大阪、関西かむろ会


エッセー

家室に生きる

石丸 弘  東京かむろ会70会記念誌 2024/4発行



 家室を離れて随分な時が過ぎ、忘却の外に追いやる自分が何処かに潜んでいる。何時しか時に触れ幼き頃の思いもふと過って来るのも、屢(しばしば)である偖さて如何した者か?この世に生まれて15年中学を卒業するまでは、沖家室に生きた。昭和26年から15年間まだ瀬戸丸で海を渡る頃,島は少しずつ人口が少なくなり沖家室中学校が東和中学になり、翌年から中学生が学校から消え去ります。先人は何を思い生きて来たのか、その時々に生きる事に一生懸命だったが未来を夢見たに違いない。


 それから毎年の盆、暮れには帰郷した、年に2度何年続いたか。高校を卒業してから就職年々帰省することも少なくなり年に一度が精々であった。両親が生きている時はと頑張っては看たが、字幕の如く年老いた父も母も沖家室に生き切ったが最後は白寿苑と東和病院・・・。大正、昭和、平成と3時代をやり過ごすことができたが、生まれた沖家室では生を全う出来ず家室の空気を食べていない。(生まれた時の空気を感じないままでした)


 私が生きた15年沖家室は、ほんとうに貧しかった(貧乏底なし状態)今思えば沖家室全体が同じような状態であったと思う。人口減少も時代の流れで止めることも出来ず、負の連鎖が進行していた。島の水問題、共同井戸での水汲み、井戸水の渇水が日常発生する。人間が沖家室に生きることを拒んでいるようだった(戸々の貧富の差は内井戸と関係が多分に有ると思う)。食物は耕作地が少ない上雨水しか頼れない、麦とサツマイモが主な作物。魚はその日捕って来た魚(時化が続くと入手出来ない)。沖家室中飢えに飢えていた貧しさが溢れていた時代でした。


 家室に生きる(子供を成長させる困難)を生きて来た先人は何を思って来たのか? 私も家室に今を生きていないが、毎年開かれる大阪家室会には顔出しをしています。コロナの影響で2、3年開催されていませんでした久しぶりに開催された2023年、随分と賑やかでしたが、人生100歳時代皆さんにガンバッテ欲しいものです。今年から開催幹事が少しだけ若くなるようです、家室でいう青年になります。我が故郷沖家室を懐かしむだけでなく、家室に生きる事を考え、家室の繁栄を考える会としての大阪家室会の役割も断続して頂きたいと思います。


 提案 沖家室の発展


 家室ひじきの入手困難に付け(ひじきの養殖)。

 家室わかめ、家室ひじき等の養殖を検討(沖家室での養殖試験)

 1、漁業権等が問題(沖家室の事業として養殖できるか?)

 2、家室に生きる人たちの繁栄になるかを検討する

 3、沖家室の収入源の確保(大阪家室会の資本参加『各地区の家室会』)

 4、資本参加に対しての対価は求めない

 5、資本参加に関しては事業報告を求める

 6、商品は安価に家室会会員に販売する(他の販売と価格を差別化)

 7、その他・・・

 養殖事業に関しては深く考えることなく資本の膨大を避けるべくして望む。


 最初は沖家室単独で出来ること。沖家室の海を利用して漁師にも迷惑の掛からないようにすることわかめ養殖よりひじき養殖の方が過失も少ないように思う。海と地の現状を確認検討して、資本参加する。事業は全て沖家室在住の若い人の収入源となるように勘案されること。このような家室に生きる現在の住人を応援することで家室に生きた先人の夢を追いかけて生きることも100歳までの生きる希望の糧として故郷を訪れる日が来ることも有りかなと思います。先人が400年もの歴史を繋いだ歴史ある沖家室を繁栄させる話が出来れば・・・。古里の野山は何時か荒れ果てた姿に変わりました、


 先人が開墾した素晴らしい段々畑も今や昔の写真でしか見ることが出来ません。沖家室という小さな島で限られた水資源(降雨)での最大限天にも昇る段々畑、爆発的に増えた人口で作り上げた物と思われます。同時に海外移住なども時を同じくして出稼ぎ(遠洋漁業なども含めて)移住等で、沖家室から出て行きました。飯が食えないからで、否応無しの対応だったと思います。金権社会の副産物と思いますが、沖家室で稼ぐが出来なかったからだと思います。時代の流れはトテツモナク早く流れています、これからも増々早くなることでしょう。しかしながら食べることは人間生きるに、必要不可欠であります。


 私の知る限り沖家室の海産物は何でも他と違って素晴らしい物です。(麦味噌もそうでしたが) 幼少期を家室で育つと家室の空気、家室の味が他とひと味もふた味も格段と美味しい物です。沖家室をDNAに持つ、私や私の子供、孫、ひ孫等々DNAを引きずって生きています。家室の味を解る者達です、沖家室から排出された良きDNAです。家室の味を必要とするDNAです。(沖家室副産物の購買人、購入者です)沖家室副産物は、多量に必要とされるはずです。(事業拡大と維持をDNAに求める)


 ひじきの養殖の件については、沖家室の地形から最小限の投資と最大限の拡大に向いている?

 ひじきの養殖に付いては、試行錯誤が必要ともおもいます。わかめ養殖は、わかめ菌が付着して初めて成せる事ですが、ひじきは現物を5㎝にカットした物をロープに挟み込んで行う事が出来るため確率が格段にアップされる物と思います。沖家室は環境にも恵まれ設置場所も有ると思います。費用としては毎年行われる各地区家室会、各人1000円程度で小さく始めれば良いと思います。海上に漂うロープと張り巡られるまでの大きな容器のみの費用でよい。試験的に始める費用は十分でしょう、それよりも一番必要としているのは、現在沖家室の住人でそれを始めようとする人が居るか?


 島一丸となってヤラナケレバ事業の拡大は出来ません。設置場所の確保に賛同して貰えなければ(漁業権の問題)話にならない事で、島一丸となって参加する事が必要不可欠になります。我々沖家室人は漁師町に育ちました、漁師根性がその根底に根付いています。これは良い意味も有りますが、悪い意味も持ち備えています。耕作農民が水争いを起こした様です。先人たちが幾重に事業を沖家室で起業してきましたが、全て無に帰したのも、根底に根付いた漁師根性が邪魔をして来たと思います。将来を見据えて少しを始める事が出来ればこれらを機会に年間売り上げ3億円を目標に(関連商品含む)夢物語に話し合える事も良い事?


 古里の山や畑、海や住宅まで荒れています、今出来る事は何か? 先人が守った山や海は今沖家室に生きる人々たちが、将来住人になる人々が、夢を追いかけて活ける場。活きた沖家室、活きた沖家室人となりうる夢ある島で生活出来ればと思う。昔発売された大往生の島では、許されないのでは???? 美しく夢ある島で大往生できた。このほうが良い活きた証を残せると思う。


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