この度「かむろ会」のホームページが、東京かむろ会の八木正共会長のお世話で新たに開設されますこと、心より歓迎し、お喜び申し上げます。
現在「かむろ会」は、日本では東京、関西、広島、宇部の四つの会があります。宇部かむろ会はここ数年休憩中ですが、他のかむろ会は毎年開催され、ふるさとを共にする皆さんの交流・親睦の場となっています。
ハワイにも「ハワイかむろ人会」があります。二年余り前に会長の青木孝己さんがお亡くなりになられ、心配をしていましたが、今年に入り会を解散する運びとなったとハワイから連絡がありました。解散は残念なことです。
来年には青木さんのお墓参りを兼ねて、皆さんの事情をお聞きし、なんとか再開できないかお話ししてみたいと思います。
かつて沖家室は「かむろ千軒」といわれ、人口も四千人にせまり、明治期には日本一人口密度があったと伝えられています。
あふれるエネルギーは当然外へ向かい、海外へと向かっていったのは自然の成り行きでした。
その記録は、例えば大正三年から昭和十五年にかけて二十七年間、通巻百五十八号にわたって刊行された雑誌「かむろ」に残っています。
「かむろ」の中には、時代に先駆けて行動を起こし、海外に、全国各地に雄飛し、活躍をした多くの「かむろ人」の軌跡が残されています。
各地に残る「かむろ会」もその流れの中にあります。かつてはハワイだけではなく、台湾、朝鮮、満州(現・中国東北部)などにもかむろ人の親睦、交流の会があり、「かむろ」誌発行と連動して活発な活動をしていました。
コミュニティが破壊され、無縁社会、ふるさと喪失が現実味を帯びてきた現代にあって、「かむろ会」は多くの人々の心の拠り所となり、交流の場、絆を結ぶ要となるようにと願っています。
これから、泊清寺や沖家室の出来事をこまめにご報告しますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
(泊清寺住職 新山玄雄)